海外倉庫への在庫移動における関税申告価格の適正な考え方を整理する
日々の運用の中で、各国の法規制や税制の変化に合わせてシステムを最適化していくことは、グローバルなECプラットフォームを支える上で欠かせない要件です。越境ECや倉庫連携をサポートするシステムを構築・運用していると、単なるデータ連携の枠を超えて、物流や税関手続きにおける「法的な解釈」に関する議論に直面することがよくあります。
今回は最近実務の周辺で耳にした「関税申告価格(課税価格)」に関するある主張について、それがなぜ適切ではないのか、そして適正なアプローチは何かを、自分自身の備忘録として整理しておきたいと思います。
課題(Situation / Task)
海外現地での販売を目的として、自社拠点や提携倉庫へ商品の「在庫移動」を行うケースがあります。この場合、輸入の時点ではまだ購入者が決まっておらず、売買(輸入取引)は成立していません。
このときの通関時の申告価格について、以下のような主張を耳にしました。 「輸入した後に現地販売をするのだから、現地で販売する価格をそのまま申告すべきだ」
結論から言うと、この認識は誤りです。一見すると直感的に正しそうに聞こえるため、業務の上流にいる立場の方からこう言われると強く反論しづらいケースもあります。しかし、この方針に無批判に従うと、荷主(企業)に不当なコスト増を強いる結果になります。
誤りである理由:現地販売価格には「輸入後のコスト」が含まれている
関税は本来、「輸入時点での貨物の価値」に対してかけられるべきものです。しかし、現地のECサイトやカタログで表示される「現地販売価格」には、以下のような 輸入後に発生するコストや利益 がすべて含まれています。
- 現地国での倉庫保管料
- 現地の購入者への国内配送費
- 現地の販売マーケティング費用や委託手数料
- 現地販売における利益
- 輸入時に支払う関税や現地の消費税
これをそのまま申告価格にしてしまうと、本来は関税をかけるべきではない「現地での経費や利益」に対してまで関税を二重に支払うことになります。
参考:関税評価について(山九株式会社 / SANKYU-物流情報サービス) 概要: 大手物流会社の山九による実務向けの解説記事です。大原則である「取引価格」が使えないケースとして、「無償貨物」や「委託販売契約に基づく貨物などの輸入取引によらない輸入貨物」が挙げられており、その場合は原則によらない課税価格の決定方法を用いなければならないことが簡潔に明記されています。
対応案(Action)
では、売買が伴わない在庫移動の場合、どのように申告価格を算出すべきなのでしょうか。関税定率法およびWTO関税評価協定(1994年のGATT第7条の実施に関する協定)の原則に立ち返って整理します。
1. 誤解を紐解く:「国内販売価格基準」の正しい理解
主張者は、代替の評価方法の一つである「国内(現地)販売価格基準」を曲解している可能性があります。たしかに販売価格をベースにするルール(WTO関税評価協定(1994年のGATT第7条の実施に関する協定)第5条 / 関税定率法第4条の3第1項)は存在しますが、それは販売予定価格を「そのまま」使うのではありません。 「現地販売価格から、現地での経費・利益・税金を『引き算(控除)』して、輸入時点の価値を割り出す」 という厳密な逆算ルールです。この引き算のプロセスを無視している点が、主張の最大のボトルネックです。
2. 適正なアプローチ:「製造原価基準」の採用
実務上、またシステム連携の観点からも最も理にかなっているのが「製造原価に基づく価格(製造原価基準)」の採用です(WTO関税評価協定(1994年のGATT第7条の実施に関する協定)第6条 / 関税定率法第4条の3第2項)。 これは、貨物の製造コスト(材料費や加工費)に、輸出側での通常の利益や一般経費、現地までの運賃などを「足し算」して輸入時点の価値を算出する方法です。
3. 輸入者の「選択権」による適法性
WTO関税評価協定第4条および関税定率法第4条の3により、上記の「逆算(販売価格ベース)」と「足し算(製造原価ベース)」は、輸入者の要請により適用順位を逆転(選択)させることができる と明記されています。 したがって、不確実な現地経費の控除計算を都度行うよりも、データベースから明確な根拠数字を抽出しやすい「製造原価ベース」をシステム的に採用・申告することは、法令に則った正当なアプローチと言えます。
補足:申告ルールを事業の強みに変える「海外現地在庫モデル」
なお、本件の「売買が伴わない在庫移動(製造原価ベースでの申告)」という関税評価のルールを、ビジネスモデルの強みとして最大限に活用している好例が、Amazon FBAに代表される 「海外現地在庫(フルフィルメント)モデル」 です。
注文が入ってから自国から海外へ個別に発送する場合、通関時点ですでにエンドユーザーとの「売買」が成立しているため、原則として 「実際の販売価格(小売価格)」 が関税の計算ベース(課税価格)となります。一方、FBAのように販売成立前に現地へ一括輸入して在庫を置く場合は、売買が存在しない自社在庫の移動となるため、適法に 「製造原価+運賃等」 の低いベースで申告することが可能です。
さらに、航空便での個別配送による割高な国際送料ではなく、海上コンテナ等でのバルク輸送を利用することで商品1個あたりの運賃も大幅に下がるため、課税価格に算入される運賃(CIFベース)も抑制されます。結果として、1商品あたりにかかる関税や輸入消費税(VAT等)の絶対額および初期のキャッシュアウトを引き下げることができます。
参考:アマゾンFBA向け貨物の輸入申告価格算定方法について(SKアドバイザリー株式会社) 概要: Amazon FBA貨物の輸入時には「輸入取引」が成立していないため、実際の取引価格ではなく「例外的な決定方法(関税定率法 第4条の4・第4条の3)」が適用される旨が解説されています。この記事では製造原価ベースではなく、国内販売価格からAmazon手数料や関税を控除(逆算)する方式について触れられています。
関税メリットと在庫リスクのトレードオフ
ただし、このスキームには「物理的な現地在庫リスク」という重いトレードオフが存在します。 現地で想定通りに売れれば高い利益率を確保できますが、売れ悩んだ場合は長期保管手数料が利益を圧迫します。より悪いケースとしては、返送コストが商品の残存価値を上回ってしまい、現地で費用を払って廃棄処分せざるを得ない「リバースロジスティクスのジレンマ」に陥るリスクも孕んでいます。
関税を極小化できる「事前一括輸入(現地在庫)」と、在庫リスクを持たない「個別発送」。メリット・デメリットはこれだけに限りませんが、この二つの物流モデルの長短を理解し、商品の特性やライフサイクル、需要予測に合わせて柔軟に使い分けられるようにシステム側でサポートしていくことが、これからの越境ECプラットフォームにはより一層求められるのかもしれません。
結論(Result)
「現地で売るのだから現地販売価格で申告する」という主張は、関税評価の国際的な基本ルールを逸脱した過大申告に直結します。冒頭に挙げたような在庫移動においては、法定ルールに基づく「製造原価ベース」での算出を選択することが、コンプライアンス面でもコストコントロール面でも適切です。
私たちが手掛ける越境ECや倉庫連携のシステムは、単に右から左へデータを流すだけではなく、こうした複雑な貿易のルールを背景に持ちながら動いています。現場の誤解や曖昧な運用が、時に不当な関税コストや税関でのトラブルという形でシステム利用者の不利益に直結してしまうリスクがあります。
日々の運用の中で、各国の法規制や税制の変化に合わせてシステムを最適化していくことは、グローバルなECプラットフォームを支える上で欠かせない要件です。引き続き、単なるデータ処理にとどまらず、法的に正当で、かつ荷主のグローバルなビジネス展開を安全に後押しできるようなシステム基盤の構築を進めていきたいと改めて感じました。
参考リソース
- 日本国税関 (日本国外から日本へ輸入する場合): 1404 原則的な課税価格の決定方法以外の方法(カスタムスアンサー)
- 日本国税関: 原則によらない課税価格の決定方法(PDFによる図)
- e-Gov法令検索 (デジタル庁): 関税定率法
- 外務省: 千九百九十四年の関税及び貿易に関する一般協定第七条の実施に関する協定(WTO関税評価協定)
- SKアドバイザリー株式会社: アマゾンFBA向け貨物の輸入申告価格算定方法について
- 山九株式会社: 関税評価について(原則によらない課税価格の決定方法)